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俳句と詩
 亡くなった母親は俳句を嗜んでおりました。その影響からか、私もいつ頃か分かりませんが俳句や詩を作るようになりました。時々、心に感じる時があると、それを言葉にしています。
 

俳句と詩のページ

山茶花や再就職に髪染めて
鈴鳴らし湖畔馬車ゆく萩の道
箒目にまた散り来る竹紅葉
花冷えの茶店に熱き茶もらふ
鏡台に朝の髪梳く黄水仙
萩散りて人影もなき記念館 (以上昭和58年)

咲き残る湖畔の黄菅色濃ゆし
漸くに着きし野反湖秋意はや
遠近に畦焼くらしき煙立つ
路地裏の火伏神にも注連飾
人声の絶えたる牧の夜涼かな
芍薬の蕾ほぐるる雨を得て(以上昭和60年)

夢二の碑訪ふ人まれに秋深し
対岸の紅葉をうつす湖あかり
一片の雲も動かぬ尾根の秋
折々に湖面をよぎる風は秋
草紅葉浮世絵に似し道祖神
人影のはるか花野のわかれ道(以上平成元年)

  上の句は母親の句です。(大正三年九月二十九日生)

  春を想う

過ぎた昔が懐かしく

桜の枝に手をやれば

流れる雲に面影の

浮かびて消えし寂しさよ   (1973年 川嶋勝芳 作)

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けふもまた 何事も無く 老いの日々

雨音や 独り暮らしに 過ぎし日々

痛風の 足をさすりて 古稀近し

老いた身に いずれあらん 別れの日

夏空や 人無き道に 靴の音

背の暑さ 若き夏の日 戻り来ぬ

昼下がり ピアノの調べ 何処より

草の原 寝てみる花火 風涼し

亡き父母の 墓に佇む 夏の夕

久々の 従兄弟の電話 老いし声

膝痛で 引きずる足を 我が身とは

妻出掛け 独りで暮らす日 ふと思う

独り寝の 窓から見える 満月や

暁に 早目覚めて 今日思う

秋の陽に 過ぎし季節を 忍ぶかな

久々の 走れる足や 景色飛ぶ

痛風の 膝をさすりて 独り寝る

行き暮れて 今宵の宿は 灯も見えず

老いし人 秋の陽を受け 独り去る

幼き日 秋陽だまりに 寝転びて

道行かば 紅葉散りて 音も無し

落葉や 滝の如くに 散り落ちぬ

山肌に 影投じたり ちぎれ雲

秋空に 天を割りたる 戦闘機

木枯らしに 卒塔婆鳴りて 我呼ぶか

冬晴れに 松ヶ枝揺れて 天を指す

母の句に 母の人生 偲びたり

退院に 親の喜び かくてあり

聞き取れず 老いの孤独を 噛み締める

名も知れず 土手の草むら 春の花

二人して 眺めし花や 今何処

亡き人の 眠る丘より 海眺む

時は行く 海辺の丘に 眠る人

夏雲や 微かに動く 午後の墓地

日過ぎても 父母憎む我 未だ居り

雨降りて 雨音に耳 独り座す

ネオン街 ざわめき消えて 星光る

朝焼けや 遠くの街に 灯り見ゆ

北風に 向かいて走る 我が人生

峰からの 風に散りゆく 花と雪

影見えず 駐車場に 夏近し

夏雲や じっと動かず 午後の峰

冬晴れや 天を持ち上げる ケヤキかな

早春や すること無くて 風の音

花びらや 老いゆく肩に 降りかかる
 

草原に 楽しき家族 連れ立ちて 我が過ぎ去りし 遠き日思う

古稀過ぎて 春の風音 父母の声

住む人の 無き家の屋根 月光る


またひとつ 更地になりて 草茂る 

主無き 更地に咲くや 去年の花

同じ花 咲けども父母の 姿なし

人気無き 夏の公園 一人歩く

木漏れ日に 思い出還る 夏の道

夏風邪に 臥したる我に 老いを見る (2016.07.18)

我一人 露天風呂にて 鱗雲 (2016.10.15)

雪降りて 幼き日々を 思い出す (2016.11.26)

降る雪を 窓に頬付け じっと見る (2016.11.26)

雪降れば 君と歩いた 赤城山 (2016.11.26)

草繁る 廃家の庭に 落ち葉舞う (2016.12.29)

  


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